アジア通貨危機から何も学ぼうとしない財政規律派

マクロ経済(基礎編)

積極財政の貨幣観を解説する資料を作成しました

 1997年7月のアジア通貨危機は、私のエコノミスト人生の中で最も大きな事件だった。当時若輩者だった私は、震源地であるタイは調査担当国ではなかったものの、フィリピンやマレーシアなどの調査担当だったので、当時の所属機関ではかなり直接的な当事者だったと言える。バーツ売り・米ドル買いが進行し、タイ中銀が通貨防衛に失敗すると、通貨売り圧力はあれよあれよという間に周辺東南アジア諸国に飛び火した。その後、通貨の売り圧力は東南アジア以外の新興国にまで飛び火し、世界経済は大混乱に陥った。
 そして、ある時期を境に混乱は収まった。なぜ収まったかについてはあまり話題にならなかったように記憶しているが、私の認識では、ロシア国債の投資に失敗した米ヘッジファンドのLTCMが経営破綻し、米国の金融システムに不安が生じたことが要因であった。つまり米ドル買いの理由がなくなったというわけだ。これはあくまで私の意見であって、混乱終結について見方が違う人もいるだろう。

 アジア通貨危機は様々な教訓をもたらしたが、最も重要なのは、資本取引を自由にしながら自国通貨を米ドルに連動させ、なおかつ金融政策の自由度を保つのは不可能ということだ。いわゆるトリレンマの問題である。実際のところ、トリレンマは当時でも経済学教科書レベルの話であって、別に新たな発見ではないのだが。バーツ売りが起こると、結局は中央銀行によるバーツ買い・米ドル売りを行うしかなくなり、外貨準備が尽きると通貨暴落に至った。もっともこの話は、一貫して変動相場制をとる日本にとってはたいして参考になるわけではない。

 次に重要な教訓は、民間主導の危機だったという点で、政府の財務諸表を見てタイを健全だという見方は結果的に誤りだった。もう少し詳しく説明すると、1980年代の中南米・フィリピン債務危機は、政府の財政悪化が大きな原因だった。とりわけ対外債務が膨張し、それを返済できなくなったことが危機の引き金になった。これに対しタイはどうだったか。通貨バーツが売られ始めたのは1996年のことだったが、同年における政府(・公的機関)の対外債務はGDP比10%程度、バーツ建てを含む債務全体でもGDP比15%程度に過ぎなかった。財政収支に至っては、GDP比3%弱程度の黒字だったのだ。新興国の中でも超健全財政だったと言えるだろう。
 では何で危機に陥ったかというと、民間部門主導の景気過熱である。景気過熱と言ってもインフレではなく、財貨・サービスの輸入増加となって表れた。経常収支の赤字はGDP比8%にも達した。

 さてこの2番目の教訓は、日本にそのまま当てはまるとまでは言わないが、何がしかの参考になるはずだ。政府が経済活動に大きな役割を果たしているのであればともかく、民間主導の経済に至っては、財政の健全性など危機とは何の関係もなかったということが示唆される。2024年における日本の経常収支は、IMFのデータによると何とGDP比5%近い黒字だった。しかも、500兆円もの対外純資産を抱えている。日本は世界で最も危機から遠い国というのが私の見立てである。それにもかかわらず緊縮政策をやっているのだから、本当に呆れる。注目すべきは財政収支ではなく経常収支だ。

 財政悪化が危機につながると連想する人には、あなたの常識は1980年代の中南米・フィリピン債務危機時代のものですよ、と言いたくなる。もう随分時間が経っているのだから、いい加減知識をアップデートして欲しいものだ。ちなみに、債務危機、通貨危機、財政危機、金融危機など何でもいいのだが、経常収支の黒字国が何とか危機に陥った事例は数えるほどしかないというのが筆者の認識で、いずれも特殊なケースである。

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