昔、田原総一郎氏が司会をやっていたサンデープロジェクトというテレビ朝日の番組があった。私も今は全くテレビを見なくなったのでどういう番組があるか知らないが、かつてはこのサンデープロジェクトが最も政治経済問題で専門家の激しい論争を伝えていたと思う。なお、以下に出てくる肩書は全て当時の物である。
バブル崩壊後の1991年度以降、景気に勢いがなくなったのは明らかだった。実質GDP成長率は3年連続で低下し、1993年度にはマイナス成長に陥った。サンデープロジェクトでも景気の先行きをどうみるかが主要テーマで、楽観派の鈴木淑夫氏(野村総研)、叶芳和氏(国民経済研究協会)、悲観派の高木勝氏(富士総研)、宮尾尊弘氏(筑波大学)らが論争を繰り広げていたと記憶している。特に叶VS宮尾の直接対決は見応えがあった。もっとも、悲観派と言っても日本経済がその後30年近くも低迷するとまではほぼ誰も考えていなかったように思う。当時はまだ物価が上昇する時代であり、物価は一般的な争点にはなっていなかった。
1994年度から1996年度にかけ景気はいったん回復するが、1994年には信組が、1995年には住専が破綻し、1996年度にはペイオフが凍結(要すれば預金を全額保護すること)された。都市銀行も不良債権を隠しており、金融機関が機能不全陥っているとみなされ始めた。実質GDP成長率自体はあがったのに、何となくもやもやした空気が漂っていたのだろうと思う。そしてだんだんと、景気見通しそのものよりも不良債権問題にどう対処するかが焦点となっていった。
そして運命の1997年度、橋本増税とアジア通貨危機のダブルパンチで、経済は奈落の底に叩き落とされ、そこからあらゆる指標が鮮明に悪化し始めた。景気見通しは争点ではなくなり、経済を政策的にどう立て直すかが論じられた。竹中平蔵氏(慶應義塾大学)ら主要な経済学者やエコノミストは総じて構造改革を提唱していたように記憶しているが、これに対し亀井静香氏(衆議院議員)、紺屋典子氏(日本証券経済研究所)、リチャード・クー氏(野村総研)、植草一秀氏(野村総研)らは積極財政政策を主張した。積極財政派は「バラマキ」批判を受け、どうにも分が悪かったように思う。私自身も市場原理主義者だったから、竹中氏らの主張に頷いたものだ。経済政策では霍見芳浩氏(ニューヨーク市立大学)もしょっちゅう番組に出ていて、かなり攻撃的な方で全方位に矛先を向けていたような記憶があるが、その主張内容ははっきりとは覚えていない(ちょっとググってみたがよくわからなかった)。
リチャード・クー氏が当初から主張していたのがバランスシート調整だ。バブル崩壊に伴う資産価格下落でバランスシートが毀損し、企業と家計は出費を切り詰めて財務状態の健全化を図る。この結果不況がさらに深刻化し、税収減から地方自治体も出費を切り詰める。これを放置すれば、不況が際限なく続くことになる。これがいわゆる「合成の誤謬」と呼ばれる現象で、個々の経済主体にとっては合理的な行動であってもマクロ経済全体で見れば誤った結論が導かれることになる。景気を反転拡大させるためには、シニョリッジ(通貨発行益)を持つ中央政府の積極的な歳出拡大が必要だということになる。今から思い起こせば、リチャード・クー氏こそが最初から一番まともなことを言っていたのだと思う。同氏はいまだにバランスシート調整を語っているようで、主張は首尾一貫している。
1999年度から2012年度までの14年間に、消費者物価指数がプラスになったのは2006~2008年度のたった3年間だけだった。こうした物価下落(デフレ)の悪影響が注目されるようになると、今度は量的金融緩和など非伝統的金融政策により望ましい物価上昇を導けるとするリフレ派が台頭するようになった。なお私は2000年代半ば以降香港勤務となり、当時は日本の民放を同地で見ることができなかったことから(非合法の手段はあったのかもしれないが)サンデープロジェクトは見なくなり、2010年には同番組は放送を終了した。リフレ派の中心人物は岩田規久男日本銀行元副総裁(以後の肩書は執筆時点)、若田部昌澄日本銀行前副総裁、野口旭日本銀行審議委員、田中秀臣上武大学教授、そして最高の大物は浜田宏一イェール大学名誉教授・東京大学名誉教授である。学術論文はさておき、私も野口旭氏らの著書や雑誌寄稿は何度か読んでおり、考え方の基本は一応理解しているつもりだ。
伝統的な金融政策はインターバンクコールレート(銀行間で貸し借りする際の翌日物金利)の誘導だが、金融の量的緩和とは、簡単に言えば国債の購入を増やすことだ。後に日本銀行は、株や不動産(ETF・REIT)も購入対象とした。
私は、「国債購入により長い期間の金利が低下し、設備投資増加、資産価格上昇、円安につながる」という側面については完全に同意だ。トービンのQ理論(株価上昇による企業買収コストの増加が、実物投資を促進)も理屈の上からはわかる。無論こうした側面はリフレ派も前提とした上で、それよりも「日本銀行は資産をいくらでも買えると示すことでインフレ期待を高め、企業・家計のマインドを変える」ことを強調していた。正直、この期待の理屈はよくわからない。実際、量的金融緩和に一定の効果はあったけれども、長期低迷を抜け出すほどではなかった。野田・安倍の両元総理の合意による2度にわたる増税(2014・2019年)が景気拡大を邪魔したためだろう。逆に言えば、リフレ派は財政政策の影響を過小評価していたとも言える。財政政策が邪魔をすると、金融政策の効果など吹っ飛ぶということだ。
特に黒田日銀前総裁は、最後までその点をわからなかった(あるいは財務省出身という立場上、わからないふりをしていた)。財政赤字をこれ以上増やしたくない、むしろ減らしたいという思いがあったのだろう。このため、マイナス金利とかイールドカーブコントロールとかを始めてしまった。しかし、カネなど日銀がいくらでも作れるという事実(注)を自ら証明しながら、かつインフレ率を高めたいと思いながら、なぜ財政赤字を増やしたくないという発想にたどり着くのかさっぱりわからない。どういう貨幣観なのだろうか?
そして、金融政策の限界が確認されたことから、浜田氏らリフレ派の一部が積極財政論者に合流してきた。景気が良くなるならこの間の経緯はどうでもよく、リフレ派の積極財政論への合流は大歓迎だ。そもそも両者の根底には、細かい違いは捨象すれば、政府がその気になればカネなど無制限に供給できるという共通認識があるはずだ。「期待」に頼るよりは国債増発で直接的に公共投資をした方が話として分かりやすい。ただそれだけのことのように思う。
しかし不幸なことに、かつて積極財政派とリフレ派は仲が良くなかった。例えば野口旭氏は、「経済学を知らないエコノミストたち」「エコノミスト・ミシュラン」などといった著書を出版した(ミシュランは共著)。「ミシュラン」は読んでないが、「経済学を知らない」の方は私も読んでおり、タイトルどおり極めて攻撃的な内容だ。今同書が手元にあるわけではないので正確ではないが、この中で野口氏は積極財政論者のリチャード・クー氏について「バランスシート調整が不況の原因であるという認識は正しいが、経済学理解の枠組みが古い」という趣旨の評価をしていたと記憶している(違っていたらご指摘下さい、訂正します)。実際1990年代終盤から2000年代序盤にかけて景気をどう回復させるかが焦点になった時、赤字も気にせずに財政出動なんて古臭いことを言っているのは時代遅れと言う風潮があり、私も積極財政など単なるバラマキと思っていた。逆に植草一秀氏らはリフレ派を口撃していたように記憶している。
どちらが先に相手を攻撃し始めたかは知らないが、もしリフレ派と積極財政派が最初から手を取り合っていれば、日本経済はもう少し早期に良い方向に行っていたかもしれない。お互いを批判するのではなく、「期待」は不確かだがまずは金融政策で行き、それでダメなら財政政策、これで良かったように思う。
デフレ対策としての非伝統的金融政策には、多少の効果はあったかもしれないが結果的に弊害も多かった。金利引き下げは0%(短期金融市場の機能不全を避けるならば0.1%)までとし、その後は主として財政政策に頼り、非伝統的金融政策は長期金利の上昇を阻止する程度にとどめるべきだった。逆にインフレを抑える時は、金融政策は極めて有能だ。引き上げる機会は毎月のようにあり、しかも金利に上限はないからだ。一方で財政政策は、歳出抑制や増税に対しては反対論が多いことから、機動的にインフレに対応できない。
今回は長文になってしまったが、物価抑制には金融政策が、物価引き上げには財政政策が効果を発揮するということである。
(注)「日本銀行の通貨発行は会計上負債になる」と低次元な反論をしてくる人が必ずいるので付言する。返済義務のない負債など、負債と呼ぼうが資本と呼ぼうが本質的な話ではなく、単なる定義の問題である。そんなに会計処理が大事なら、政府が100兆円硬貨を発行すれば会計上の負債ではなく、国債発行をゼロにして財政政策を打ち出せる。紙幣なら負債で硬貨なら資産などと、どうでもいいことをさも自分は事情通であるかのように語る低次元な経済学者は相手にしなくていい。本質的にはどっちも一緒である。


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