竹中平蔵氏と野口悠紀雄氏の生産性・賃金論を批判する

マクロ経済

 MINKABUは7月16日、「竹中平蔵『給料を上げるのは間違った政策だ』石破茂も結局はポピュリスト『利権団体を守る自民党』と参政党への危惧」という記事を掲載した。この中で竹中平蔵氏(慶應義塾大学名誉教授)は、「経済学の基本中の基本ですが、生産性が上がって、それで賃金が上がるのが正しい順序です」「生産性が低いのに給料を上げると、単に物価が上がるだけで賃上げによる好循環は生じません」「この政策を続けた結果、実質賃金は約半年、ずっと下がっています。国民はますます貧しくなっている」などと言っている。
 そう言えば、野口悠紀雄氏(一橋大学名誉教授)も似たことを言っていた覚えがある。そこでググってみると、2月16日の東洋経済「あなたが賃上げの恩恵を感じられない当然の理由~賃金引き上げのメカニズムを正しく理解しよう」という記事だ。これによると、「(価格)転嫁によって賃金が上がっている限りは、実質賃金はいつになっても上昇しない」「問題の根源は、生産性の上昇なしに賃上げが行われていることである。実質賃金の引き上げのためには、生産性の向上が不可欠」ということだそうだ。

 単に肩書が慶應、一橋の名誉教授というだけにとどまらず、どちらもマスコミ登場頻度が高い超ビッグネームであり、日経新聞をありがたがって読んでいるような中高年層にとっては、彼らのいうことはかなり心に響くに違いない。また、今のままでは物価が上がるだけで実質賃金の上昇には結びつかない恐れがある、というのはそのとおりだと思う。その問題意識は彼らと共有できる。
 しかしこの両名は、「経済はいつも供給不足である、だからとにかくインフレを常に警戒する必要がある」という刷り込みで物を語っているようにしか見えない。上方バイアスがある需給ギャップですら、ようやく0になったところだというのに、なぜ生産性の議論になるのだろうか。筆者の認識は真逆で、需要不足だからこそ実質賃金が上がらないというものだ。以下、彼らの主張の問題点を指摘したい。

(1)実質賃金の低下自体が供給制約と不整合
 まず実質賃金が上がり、その結果として個人消費が増える。これに対応するため企業は、設備稼働率を引き上げ、残業を増加させる。そして、それでも供給が足りなければ設備投資を行い、雇用を拡大する。やがて生産要素の追加は限界を迎え、あとはどんなに賃金を上げても物価が連動して上がるだけとなり、実質賃金は上がらなくなる。以上のプロセスであれば、議論として理解できる。
当初:      名目賃金増加率>物価上昇率
生産要素の枯渇後:名目賃金増加率≒物価上昇率
 しかし日本の場合、そもそも30年近くも実質賃金は上がっておらず、一貫して個人消費は低迷しているではないか。全然状況が違うのに、なぜ供給制約の話になるのか、全く理解に苦しむ。彼らの想定は日本の現状をうまく説明できていない。
現実:      名目賃金増加率<物価上昇率
         (30年近くにもわたって!)

(2)設備投資の動きが供給制約と不整合
 供給制約に直面しそうになれば、企業は設備投資を大幅に増やすはずだ。当たり前である。しかし実際には長期にわたり低迷している

(3)経常収支の動きが供給制約と不整合
 日本の経常収支は30兆円もの黒字だ。しかし、本当に供給制約に直面しているならば輸入が急増し、経常収支はたちまち赤字になるはずだ。元々新興国エコノミストをやっていた筆者からすると、これは経済分析の基本中の基本の議論と言える。
 ちなみに、2022年度は赤字で推移した財貨・サービスの実質純輸出は、その後9四半期連続で黒字となっている。これも供給制約と不整合な動きと言える。

 つまり両氏は、実際には需要不足の経済であるにもかかわらず、供給不足だから賃金を上げるのは不適切だと言っているに等しい。こうした見方は全く間違っており、賃上げで足りなければ財政政策を発動してでも消費者のおカネを増やすべきだと筆者は考えている。そうすれば個人消費が増え、設備投資が活発化し、生産性も大いに上昇するのだ。日本が直面しているのは供給不足ではなく需要不足と考える方が、今回挙げた統計と整合的なのである。

 ちなみに筆者は、最近の野口氏の主張にはほとんど全部反対である。この無収入のブログにそんなに時間をかけられないが、これからはできる限り同氏に反論してゆきたいと思う。

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