需要不足下では需要を拡大する政策が、供給不足下では需要を抑制する政策が求められる。当たり前の話なのだが、この点をきちんと見極められないから日本経済の長期停滞がもたらされたと言える。
(1)バブル崩壊後
地価・株価の下落により、事業会社や金融機関のバランスシート調整、すなわち毀損した自己資本を回復するために支出を切り詰める現象が起こった。個々の経済主体にとっては合理的な行動であっても、経済全体としては需要縮小が際限なく長引いてしまう。これは、「合成の誤謬」と呼ばれる典型的な需要不足の現象であり、これを受けて政府は積極財政を当初はやっていたが、それでも景気回復には不十分だった。
すると、本来は「積極財政をやっているのに需要不足が続いたということは、それでは財政出動が足りなかった」という状況であるにもかかわらず、「積極財政なんかやっても、赤字が増えるばかりでちっともいいことなかったじゃないか」という間違った批判が出てきた。庶民がそう思うのは無理もないが、主流派と称する経済学者やエコノミストがそうした大合唱に積極加担した。橋本政権(1996年1月~1998年7月)は公共投資を減らしはじめ、1997年に消費税率を引き上げた。こうした機運の高まりが、後の小泉政権の誕生に繋がってゆく。1997年にアジア通貨危機が起こると小渕政権(1998年7月~2000年4月)は積極財政に転換したが、同氏は2000年4月に入院し、同年5月に死去した。消費税率引き上げ後の経済低迷は長引き、結局デフレに突入してしまった。
(2)デフレ前期(小泉構造改革)
デフレは需要不足のときに現れる現象なのだが、これに対して小泉政権は、極めて間違った対応をとった。
①プライマリーバランス黒字化目標の設定
要するに緊縮財政である。本来やるべきこととは真逆のことをやったのだ。
②構造改革
労働市場の規制緩和や郵政民営化などを行った。どちららも、労働力が不足している状況であれば、より生産性の高い産業に労働者が移動し、より高いGDPに繋がるだろう。しかし労働力が余っている状況で労働市場の規制緩和や民営化が行われれば何が起こるか。賃金抑制と失業につながるはずで、実際にそうなった。
小泉政権に限ったことではないが、多くの規制緩和や貿易自由化、あるいは高齢者、女性、外国人といった労働力供給増加策についても全く同じことが言える。どれもデフレを深刻化させる効果をもつのだ。そんなことは急いでやる必要はなく、経済が正常な成長軌道に戻ってから考えれば良いのである。
(3)デフレ後期(アベノミクス)
アベノミクスとは、①大胆な金融緩和、②機動的な財政政策、③民間投資を促す成長戦略、という3本の矢でデフレと戦おうというものであった。筆者は②・③については詳しくないが、②の実施は初期だけだったという認識だ。また③だが、なぜ投資が低迷しているのかをきちんと認識してないからこういう話が出てきたのではないだろうか?基本的には、消費が不振の状況で投資だけどんどん出ることはないわけで、増税・社会保険改悪による消費拡大への妨害を止めることが一番大事だ。主として規制緩和を念頭に置いていたのだとすれば、成長を大きく制約するような規制があったとは思えないし、小泉構造改革のところでみたとおり、規制緩和はそもそもデフレ促進策の方が多いというのが筆者の考えである。成果とされる法人税率の引き下げも、消費税率の引き上げを伴っているので明確に間違いだと思う。
このためアベノミクスは、一般に①に過度に依存していたという評価だろう。大胆な金融緩和については、一定の効果はあったものの、経済が正常な成長軌道に復帰するほどではなかった。だから財政政策により需要を喚起しなければならない状況だったのだが、安倍政権は、野田元首相との三党合意という約束があったとはいえ、むしろ二度にわたる消費税率の引き上げという真逆の、非常に間違ったことを行った。
以上、非常に厳しい評価をさせて頂いたが、小泉構造改革と比べれば、アベノミクスはだいぶましになっている。安倍氏自身も、本心では消費税率引き上げをやりたくはなかったとの見方も散見され、もし第三次安倍政権が誕生していれば積極財政をやった可能性があろう。しかし残念ながら凶弾に倒れ、その遺志を継ぐとされる高市氏は、2024年の自民党総裁選で敗れてしまった。
(4)コロナ禍後
米国の積極財政政策により国外で需要が急拡大、世界的な利上げに伴う円安も相まって、典型的なコストプッシュインフレが訪れた。一方で需給ギャップは総じてマイナスで推移しており、また実質賃金がほぼ一貫してマイナスで推移していることからもわかる通り、基本的に国内では需要不足状態が続いている。
しかしここで、「アベノミクスの金融緩和など、たいした効果がなかったばかりか、円安をもたらしただけじゃないか」という間違った批判が出てきた。そうではなく、欧米のような積極財政をやらなかったからこそ日本は需要不足が続き、利上げが限定的なものにとどまり、円安になったということなのである。欧米並みに積極財政をやっていれば、需要不足など今頃吹き飛んでいたであろう。そこに着目せず、需要抑制策に過ぎない利上げで円高誘導をやれなどという意見は論外で、信用創造のブログを是非参考にして頂きたい。筆者は、非伝統的金融政策の修正まではともかく、0.5%への利上げを行った日銀の対応は好ましくないと考える(ただし別のブログで述べたとおり、日銀よりも政府の責任の方が大きいと思う)。積極財政を行うことによって需要が増え、ディマンドプルインフレが起こるからこそ利上げ(すなわち円高誘導)ができるのである。
(5)結論
一見すると経済の状況は違うけれども、バブル崩壊後は基本的に需要不足が続いている。今も需要不足なのだから、財政・金融政策は基本的に需要拡大に向かわないとつじつまが合わない。以上の点をきちんと踏まえないと議論はかみ合わないわけで、もし違うというならなぜ小泉政権期にあれだけデフレが深刻化したのか、なぜいまだに実質賃金が減少しているのか、きちんと説明して欲しいものだ。
経済を要所要所で総括することは極めて大事なのに、今の政府の対応は十分とは思えない。「財政政策の効果が期待ほどではない→緊縮財政、規制緩和」と同じぐらい、「金融緩和の効果が期待ほどではない→利上げ」というのは間違いだ。需要不足下で利上げ(さらなる需要抑制策)というのはどの教科書に載っている話なのだろうか?

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