首相官邸のウェブサイトには、「『資産所得倍増元年 – 貯蓄から投資へ』岸田総理からのメッセージ」という2023年の文書が載っている。ここでは冒頭に「岸田政権では、今年を『資産所得倍増元年』とし、『貯蓄から投資へ』のシフトを大胆かつ抜本的に進めていきます」と書いてある。そして、いわゆる「新NISA」の内容と、iDeCo加入年齢の70歳への引き上げが言及されている。2025年度からはiDeCoの投資枠も引き上げられる予定である。
さて自公政権は、なぜにこうまで投資に執着するのだろうか?裏事情まではわからないが、私が思いつく理由は以下3つ。
(1)株価上昇を利用した消費拡大
「岸田総理からのメッセージ」には、「家計金融資産の半分以上を占める現金・預金が投資に向かい、企業価値向上の恩恵が家計に還元され、家計の資産形成と更なる投資や消費につながる」と書いてある。株価は2013年頃から総じて右肩上がりで推移してきたが、所得が低迷している家計もその恩恵に与れるよう投資を促した、ということか。
(2)将来不安の解消
年金財源の「不足」が国家財政の「悪化」の主因となっている。増税も社会保険料の引き上げも、有権者の反発を考えると容易ではない。だから皆さんで何とかして下さい、と言ったところか。無論信用創造を一応理解している私にとっては、不足も悪化もカギカッコ付きになるが。
(3)財界からの要請
個人消費が長期にわたり低迷する一方で、大企業の儲けと役員報酬は増え続けている。より幅広い国民に所得が分配されるべきと思うなら、最も単純な解は法人税率の引き上げか、消費税の輸出企業への還付廃止だろう。それを嫌がる財界に「家計に株式等への投資を促すことこそが、家計と大企業の共存共栄をもたらす」とでも吹き込まれた可能性がある。またiDeCo拡充などは、新たな商機を狙う金融機関からの働きかけもあったのかもしれない。
程度にもよるが、家計もある程度株式投資をやった方がいいのは事実だ。金利収入だけで資産を形成していくことは難しく、長期的に見れば一般に株式投資の方が儲かるからだ。また証券投資に慣れ親しみ、その難しさをきちんと理解していれば、胡散臭い儲け話が舞い込んでも「そんなうまい話があるわけない」と、そのウソに一発で気付けるようになるだろう。その意味では、若い人も含めて株式投資をやった方がいい。
しかし(1)で書いたとおり、そもそも所得が低迷していることが問題なのであって、それに派生して(2)の将来不安も起こっている。その事実に着目せずに「貯蓄から投資へ」と倹約奨励策に走れば、ますます景気低迷が長引いて所得はいっそう増えなくなる。NISAやiDeCoの減税にいくらかかっているか知らないが、わざわざおカネをかけながら景気を低迷させるという、最悪の愚策をやっていると言わざるを得ない。そんなことにカネをかけるぐらいだったら消費税か所得税を減税したらどうか。確かに、景気の局面次第では資産形成に減税措置を施すことが妥当になるが、景気の長期低迷下でやることではない。そんなことは所得が増え始めてからやればいいのである。
(3)は筆者の想像に過ぎないが、もし当たっているなら論外だ。別のブログで述べた通り、経営者や経営コンサルタントはかなり間違ったことを言うので注意した方がいい。
そして岸田氏は2025年に、さらにプラチナNISAの導入を提案。長期投資に向いていないとして現行NISAでは投資対象として認められていない、毎月分配型投信を認めることで高齢者のニーズに応えるという。ネット世論を見ていると、高齢者にまで投資をやらせるのは問題だという論調一色という感じだ。言いたいことはわからなくもないが、高齢者は既存の新NISAを今でも使えるのだから、その批判は本質を突いてない。
本質的な論点は、対象に加えられる毎月分配型投信という金融商品をどう評価するかということだろう。毎月分配型投信の詳細についてはここでは論じないが、長期投資に向いていない一方で、高齢者には向いているという側面があるのは事実だろう。将来不安があるのである程度資産を守りたいが、分配金の範囲であれば消費に回したい、というニーズがあるからだ。元本が減る可能性はあるが、分配金の安定を重視するか、元本の維持を重視するかで商品設計をいくつか考えればいい。筆者はあまり政府を褒めないが、プラチナNISAは検討に値するのではないか。プラチナNISAによって高齢者の消費が増えれば、景気には何がしかの追い風になるだろう。しかし最大の問題は、景気が上向き始めても、自公政権がたちまち増税と社会保険の改悪に走ってしまうことではないか。これでは、経済は長期低迷から脱することはできないだろう。
まとめると、所得増と増税・社会保険改悪回避という2つの要素抜きに、他にどんな政策を打ち出そうとも全く意味がないのである。
追伸:
貯蓄とは文字通りおカネを貯めることで、一般に家計による投資を含む概念だ。だから、「貯蓄から投資へ」という日本語には違和感を覚える。それを言うなら「預貯金から投資へ」が妥当だろう。なぜこういう変な日本語を使うのだろうか?


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