2026年度の診療報酬は3.09%引き上げられる方向となっており、追加的な財源は1.5兆円程度必要だそうだ。医療費の膨張はメディアでも結構話題になるので、関心がある方は多いだろう。連立与党の日本維新の会は社会保険料引き下げを主張しているが、従来の発想で行く限り、保険料引き上げか窓口負担の増加が避けられそうにない。
健康保険の財政に注目が集まる中、法政大学の小黒一正教授は2025年11月6日、東京財団から「医療費にも『マクロ経済スライド』導入を」という論文を発表した。その前に日経新聞にも同趣旨のタイトルの寄稿をされていたので、目にした方は多いのではないかと思う。マクロ経済スライドは難解な制度だが、簡単に言えば公的年金給付総額の名目GDP比を一定以下に保とうとするもので、医療費についても同様にしろという話だろう。
さて、筆者は医療経営や医療現場の実情に詳しいわけではないし、公的医療保険の実務や統計に精通しているわけでもないが、どうも議論の方向性がおかしいと思う。筆者に言わせれば、こうしたおカネの帳尻合わせなどどうでもいいのだ。
なぜなら筆者が再三述べているとおり、30兆円の経常収支黒字国・500兆円の対外純債権国である日本の国債発行余力はとんでもなく大きいからだ。1.5兆円といったつまらない金額は誤差のようなもので、国債を財源としても何の問題もない。公的医療保険制度は今後100年安心ですと宣言してしまえばいいと思うレベルで、その方が将来不安が消えて高齢者の消費は増え、経済は良い方向に回り始めるだろう。
重要なのはおカネの帳尻合わせではなく、医療サービスの供給体制、すなわち医療サービス提供者(医師、看護師など)が十分に確保できるかだ。例えば高齢者ばかりが病院に詰めかけ、労働者、自営業者、学生などに医療サービスが十分に行き届かない状況であれば、高齢者の窓口負担を増やし利用に歯止めをかけざるを得ない。状況は地域によっても違うだろう。これはマクロ経済の指標とは関係ない議論だ。
また、本当は医療サービス業に従事したいのに、低賃金であるが故に労働市場から退出している医師・看護師などが多い状況であればどうだろうか?国債発行により資金を調達し、国庫負担で賃金を上げればGDPは増えるわけで、これこそが典型的な政府の役割だ。
同じ考え方は介護の分野でも通用する。大事なのはおカネの帳尻合わせではなく、介護サービスを提供できる人員が揃えられるかどうかで、資格保持者が多いなら国債発行で賃金を上げればいいというだけの話だ。
医療分野にせよ介護分野にせよ、筆者は特に詳しいわけではないので、ここでは断定的な物言いは避けたい。ただし、膨大な経常収支黒字と対外純債権を抱えている以上、おカネの帳尻合わせには全く意味はないという点だけは強調したい。供給体制を整えられるかどうかがポイントなのである。
ちなみに小黒教授は財務省出身で、かつてはかなりガチガチの緊縮財政論者だったように記憶しているが、今回取り上げた論文は比較的穏当であるように思う。数年前に発表された生産性に関する論文も、なかなか良い内容であった。財務省出身という立場にとらわれることなく、今後も様々な意見を世に問うて欲しいと思う。

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